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認知症はもう不治の病じゃない!?映画『僕がジョンと呼ばれるまで』

須永 貴子(すなが たかこ)
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かつては不治の病と思われていた認知症ですが、近年はさまざまな治療や症状の改善法が開発されつつあります。

そのひとつが、日本で開発された「学習療法」です。この脳活プログラムを導入した、アメリカ・オハイオ州の高齢者介護施設の半年間を追いかけた、日米合作のドキュメンタリー映画『僕がジョンと呼ばれるまで』をご紹介します。

© 2013仙台放送
※現在、劇場公開は終わっています

映画『僕がジョンと呼ばれるまで』 2013年/日本・アメリカ/82分
監督:風間直美、太田茂
制作・著作・配給:仙台放送
配給:東風
公式サイト:http://www.bokujohn.jp/

「僕の名前を知っていますか?」メガネをかけた優しそうな青年は、画面越しに私たちにそう質問したあと、自己紹介をします。「僕は、オハイオ州クリーヴランドの高齢者介護施設で働くジョン・ロデマンです」と。そしてもう一度、同じ質問を投げかけます。私たちは「ジョン」と心の中で答えることができますが、彼が働く介護施設には、答えられない人たちがたくさんいるそうです。なぜなら彼らは認知症だから。

認知症改善のための「学習療法」とは

© 2013仙台放送

2011年5月、平均年齢80歳の入居者のうち23人が、6ヶ月間の「学習療法」へのチャレンジをスタートしました。ジョンは記録係としてカメラを回し、毎日彼らに「僕の名前を知っていますか?」と質問しますが、何度名前を伝えても、覚えてもらえません。

学習療法は、日本で開発された脳を活性化させるプログラム。入居者を“学習者”、指導するスタッフを“サポーター”と呼び、1人のサポーターと2人1組の学習者で1日30分間、脳のエクササイズを行います。

脳のエクササイズは、簡単な文字の「読み」「書き」「計算」、そして「数字合わせ(ナンバーボード)」というゲームです。エクササイズを行う際に大切なことは、できるだけ大きな声を出すこと。大きな声で朗読すると脳が活性化して血流が良くなるからだそうです。そして、エクササイズをやり遂げるごとに、サポーターが学習者を思い切り褒めて、達成できた喜びを感じてもらうことも、脳の活性化にとても有効だそうです。カメラは、褒め言葉に微妙に反応する学習者たちの表情をつぶさに記録します。また、「複雑な計算よりも簡単な計算のほうが、脳が活性化する」という説には個人的に「たしかに…!」と納得しました。仕事のやる気がなかなか出ないときは、それほど頭を使わない書類整理やメール処理から始めると、脳が動き出す実感があるからです。

© 2013仙台放送

カメラは何人かの学習者にフォーカスを当てていますが、印象的なのは、この2人の女性でした。

認知症と診断されて2年が経つエブリン・ウィンズバーグ(93歳)は、23人のなかでもっとも症状が進行しており、自分の名前も書けず、日常生活にも支障が出ています。編み物が得意で、辛辣なジョークが持ち味だった彼女について、子どもたちは「母が別人のようになってしまった」「本来の母を取り戻してほしい」と涙ぐんでいます。

メイ・ウィリアムズ(88歳)は、生涯独身で、タクシー運転手として自立した生活を送り、人生を楽しんでいました。しかし、認知症を発症してからは、内向的になり、何事にもやる気がなくなってしまったそうです。施設のスタッフが話しかけても反応せず、顔も人形のように無表情です。

学習療法の驚きの効果

しかし、エクササイズを始めて1〜2ヶ月が経つと、学習療法の効果が早くも表れ始めました。エブリンは、そもそものルールを理解できなかった数字合わせをできるようになっています。また、着替えやトイレも自分でできるようになりました。メイはだんだん心を開き始め、表情も変化するようになり、食欲も出てきました。調子の悪い日もありますが、日に日に調子のいい日が増えていきます。ある日、メイは自分が運転していたタクシーの色を思い出します。そして、「人生は自分のものよ。やりたいことをやらなきゃダメ」と人生のモットーを語ります。

© 2013仙台放送

彼女たちの変化は、家族やスタッフにもいい影響を与えていきます。ジョンは認知症患者とのふれあいから、妻と自分が歳をとったときのことを考えるようになり、「自分らしく生きよう」と決意し、記録係から学習サポーターに立候補したのです。

9月になると、エブリンは歌やゲームに参加するようになり、昨日まで編んでいたかのような手付きで編み物をしています。息子は「もう二度と編むことができないと思っていた」と驚き、涙を流します。11月になると、エブリンは化粧やマニキュアを楽しみ、他の入居者の世話をするようになります。8月には認識できなかった孫の訪問を喜び、60歳の息子に自筆のバースデーカードを贈り、家族と外出ができるほど症状は改善しました。「(私たちはこの映画で)ハリウッドに行くのよね?」と撮影クルーにジョークを飛ばすのは、ずっとカメラで撮られていることを意識している証拠でしょう。

© 2013仙台放送

半年もかからずに、エブリンとメイはジョンの名前を思い出せるようになりました。半年前のジョンは「認知症には根本的な治療法はなく、一度発症してしまったらその進行を止めることはできない」と考えていましたが、今は「認知症は人生の終わりじゃない」と確信をもっています。認知症の人たちが本来の自分自身を取り戻すことで、周りの人たちが笑顔になる様子を捉えたこの映画が、認知症への不安を抱える私たちにとって希望の光であることは間違いありません。

特に高齢者の一人暮らしの方は、誰とも話さずに一日が終わることも珍しくありません。テレビやラジオと会話したり、学習療法にもあった音読を取り入れたり、一人カラオケで思い切り歌ったりと、脳のエクササイズを取り入れて、認知症の予防をしてみてはいかがでしょうか。

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須永 貴子(すなが たかこ)

国際基督教大学卒。群馬県出身、東京都在住。映画を中心に、エンターテインメントに関する記事を雑誌やウェブ、映画パンフレットなどで執筆中。人の顔と名前を覚えられないことが大のコンプレックスです。