認知症の専門医である古和久朋教授にお話を伺うこの連載も、今回で3回目。
前回の記事では、アルツハイマー型認知症を引き起こす原因物質のひとつ「アミロイドβ」が、発症する約20年前から脳に溜まって「老人斑」をつくっているということを教えてもらいました。
そのため、認知症を予防するためには若いうちから対策することが欠かせません。そこで今回の記事では、40代を迎えたら始めたい予防策をご紹介します。
1995年東京大学医学部医学科卒業。臨床研修を経て神経内科専門医を取得後、2000年に東京大学大学院に進学。
アルツハイマー病を中心とした神経変性疾患の研究に従事し、2004年に修了した。
2005年より3年間マサチューセッツ総合病院アルツハイマー病研究室に留学。
帰国後、東大神経内科特任助教を経て2010年4月より神戸大学神経内科講師、
2012年1月より神戸大学神経内科准教授、2017年1月より現職。
認知症のトータルケアを目指し、発症前の予防、早期の診断から症状進行期の対応まで幅広く研究対象としている。
アミロイドβを排出するために重要なのは血管の柔らかさ
ーーアルツハイマー型認知症になってしまうのは遺伝的な要因もあるそうですが、予防することは可能なのでしょうか?
まず、アルツハイマー型認知症の原因はひとつではありません。高齢になればかなりの確率で発症するこの病気の原因が、たったひとつなんてことはありえないんです。遺伝要因のほかに「環境要因」もあるので、予防のためにできることはあります。
ーーそれを聞いて安心しました。
アルツハイマー型認知症が発症した状態を「富士山の頂上」に置き換えてみるとわかりやすいのですが、頂上に到達するまでの登り方にはいろいろあるわけです。
たとえば、両親からアルツハイマー型認知症になりやすい遺伝子を受け継いでいる人の場合。遺伝要因で富士山の7合目までは登ってしまったけれども、予防のための生活習慣を心がけることで残りの道のりはとてもゆっくりのペースになるということもありえます。反対に遺伝要因では2合目までしか来ていなかったけど、喫煙などの生活習慣や未治療の高血圧、糖尿病などによってあっという間に頂上まで登り切ってしまう人もいる。
一言で「認知症」といっても、発症に至るまでの道のりは人それぞれなんですね。ですから、環境要因の面でできることをやっておくというのが大切です。
ーーどのようなことが予防につながるのでしょうか?
前回お話したように、約20年かけて脳にアミロイドβが溜まっていくことが認知症の原因のひとつと考えられています。アミロイドβはどんどん作られていくものですから、これを脳の外へ吐き出す力を保つということが、アルツハイマー型認知症の予防には必要なんですね。それで、その力がどこから生まれるかというと血管の柔らかさだといわれています。
ーー血管の柔らかさ?
アミロイドβというのは要するに、脳の神経細胞が使われることで出てくる老廃物なんですが、神経細胞の間の隙間を通って、脳の外へ排出されます。
このときの機動力になると目されているのが、血管の拍動。柔らかい血管はよく拍動するので、その拍動が血管の周囲、そして神経細胞間の隙間に伝わって、アミロイドβが一ヵ所にとどまることなく、少しずつ動いて結果的に脳の外に流れ出していくと考えられています。
ところが脳の血管が硬くなってあまり拍動しなくなると、アミロイドβの排出の流れに淀みが生じてしまう。アミロイドβというのは溜まりやすい性格があるので、その淀みのなかでどんどん固まっていって老人斑になるのではないかといわれています。
血管の健康を保つためのセルフケア
ーー血管を柔らかくすることがアルツハイマー型認知症の予防につながるということですね。具体的にはどういったケアができるのでしょうか?
血管が硬くなる「動脈硬化」を防ぐためには、糖尿病の予防やコレステロール値のコントロール、高血圧の改善などが必要です。
糖尿病、高コレステロール、高血圧、これらのどれかひとつに当てはまると、アルツハイマー型認知症を発症するリスクは1.8倍になるというデータがあります。2つだと2.6倍、3つ揃うと3.6倍にもなるんですね。
ですからまずは身体の状態を知るためにも、年に1度は人間ドックなどの検診を受けてもらいたいところです。
ーー具体的には何歳くらいから認知症予防を意識すべきでしょうか?
いくつからでも大切ですが、アルツハイマー型認知症が65歳で発症すると仮定すれば、40代前半には脳に変化が現れるということになります。70歳以上になると認知症患者の数はどんどん増えていきますから、やはり40〜50代のうちから始めるのがいいでしょう。
ーー毎年検診を受けることのほかに、自分でできることはありますか?
お家でできることといえば、血圧と体重を測ること。今は血圧をコントロールできるいい薬がたくさんあるので、高血圧の人は早めに病院で相談してほしいと思います。
それから体重ですが、これほどごまかしようがなく的確な数字が現れるものはありません。
体重が減ると心臓への負担が減って、血圧も下がります。私自身も去年の検診で体重を注意されて、1年間で5kg痩せたんですよ。そうしたら血圧が下がりやすくなって、持病の頭痛も治りました。高血圧が頭痛を引き起こしていたんですね。
ーー血圧計は40代だと持っていない人が多そうですが、体重なら手軽に測れますね。
血圧計も40歳を過ぎたら持っておいたほうがいいと思いますよ。血圧はできるだけ下げたほうがいいんです、もちろんふらつかない程度にですが。それからできれば、運動する機会を確保することも必要です。
ーーどのような運動がいいのでしょうか?
強度としては、脈拍が2割程度上がる程度。ウォーキングなら、真冬でもうっすら汗をかいてすこし息が上がるくらいですね。それを、できれば毎日30分以上続けること。アメリカのデータでは、週に3回なら50分以上が効果があると発表されています。
ーー運動自体は30分以上続けられるものならなんでもいいのですか?
好きな運動で大丈夫です。スポーツジムに入ってエアロビクスをしたり、好きなウェアやシューズを揃えてジョギングを始めたり…いろいろありますが、何より大切なのは持続可能性。毎日の生活のなかに無理のない範囲で取り入れて、根付かせていくことを優先させてください。
そういう観点で考えると、働き盛りで忙しい40代が生活に取り入れやすいのはウォーキングではないでしょうか。通勤するときに最寄りの一駅手前で降りて早足で歩くといったことであれば、明日からでも始められると思います。
また、歩くときには周りの変化を観察すると「二重課題(デュアルタスク)運動」になります。運動をしながら頭を使うということで、これは脳を活性化させるために非常に有効だといわれています。
→関連記事:ウォーキングするだけでもOK!脳に良い運動をご紹介!
硬い血管は万病のもと。認知症対策に特別なことは必要ない
ーーお話を伺っているとアルツハイマー型認知症の予防策って、生活習慣病の予防とほとんど変わらないような気がします。
その通りです! アルツハイマー型認知症になりたくないからといって、何も特別なことをする必要はないんですよ。
そもそも血管が硬くなるのは万病のもと。脳梗塞や心筋梗塞、癌には動脈硬化の関与が大きいといわれています。ですから、基本的には健康的な生活を続けるのが大切です。タバコを吸っている方は早めにやめたほうがいいですね。
ーーちなみにお酒はどうなのでしょう?
タバコほど「ダメ」とは言われていないですね。適度の飲酒であれば大丈夫といわれています。この「適度」が難しいのですが。
お酒を飲んだときに絶対やってはいけないのが、頭を打つことです。衝撃が強いと神経と神経をつなぐ軸索が切れてしまいますし、脳内に出血があれば周りの神経細胞がダメージを受けて認知機能に障害が出ることもあります。
ですので、泥酔して転んだりすることがない程度に楽しく飲む。それでストレスが解消したり、人生を楽しめたりするのであれば、僕はいいと思います。
まとめ
アミロイドβを脳から排出してアルツハイマー型認知症を予防するためには、40歳から生活を見直し、血管を柔らかく保つことが大切とのこと。
そのためには、体重・血圧の測定や毎日30分程度の運動を、生活のなかに取り入れるということが有効です。3日坊主になってしまっては意味がないので、無理のない範囲で継続できるように心がけましょう。
次回の記事では引き続き、40歳になったら始めたい認知症の予防策をご紹介します。
認知症の専門医・古和久朋教授インタビュー記事
第一回:認知症の診察は何科に行くのが正解?専門医に聞く認知症治療の最前線
第二回:認知症は高齢者だけの病気じゃない!専門医に聞く「若年性認知症」
第四回:2019年12月中旬公開予定
第五回:2019年12月下旬公開予定