人生の第2ステージからの仕事術
大学3回生の夏。私は小さな出版社でアルバイトをしながら、コピーライター養成講座に通ったことが縁で、広告会社に就職が決まり、ライターとしての道を歩み始めました。以来、30余年…。人生の坂道で見える景色も刻々と移り変わり、苦い経験や喜びを通して学んだことは数知れず。そんな著者の小さな気づきを、本コラムの中で綴っていきます。第1回目のお題は、「若い頃の自分と今の自分、仕事の仕方はどう変わった?」。体の変化や環境の変化の中で、どう日々の落としどころをみつけるか。私の経験が皆様の何かに役立つと幸せです。
忘れ物はありませんか?
シュンシュンと湯をわかし、ふーっとふきながら飲む朝の白湯。まだ湯気が立ちのぼる混じりけのない味に癒やされながら、ふと思ったのです。あ、いつまでこうしてパソコンを前にしてモノを書く仕事ができるのだろうと。
先日は、某大学の有名教授とメーカーとのトップ対談で紙面をつくる雑誌の取材。出版元の営業と編集担当の女性、そして大手代理店からは4名のスタッフが同行していました。現場に到着するや、ロビーの一角でデザインラフ(デザインの下書き原稿)をみながら、当日の取材段取りや誌面の流れを打ち合わせ。10分前にカメラマンが合流し、さぁ今から教授の研究室へ行こうとするその時。鞄の中をまさぐって、名刺を指先で探すのですが、あれ?手に覚えのある革の感触がない!慌てて、鞄の中をのぞき込み、一瞬にして背筋が凍り付きました。
この緊張感に包まれた取材に、あろうことか「名刺を忘れた」…!そんなことは、駆け出しのコピーライター以来でした。
汗が一気に噴き出し…、そこからは思いっきり深呼吸を一回。即興でこしらえた手書きの名刺でニッコリとご挨拶。肝が据わったものです。背中に無言のプレッシャーを貼り付けたまま90分の対談取材を終わらせて、自分の落とし前を原稿によって挽回するという、今思い出しても鳥肌の立つ出来事を体験しました。
仕事道具の忘れものは、ビジネスシーンにおいては、「約束を守る」「時間を守る」の次に怠ってはいけない〝基本の身だしなみ〟です。しかし、一昨年あたりから仕事の現場だけでなく、何か他の考え事をしていると無意識に行動してしまい、ついうっかり…が多々ある。
私は、二度とビジネスでの忘れ物をしないために、前の晩には荷物を準備することを決め、必要な個数をチェック。メモ用紙に数字を書いてパソコンに貼って寝るように決めました。
例えば取材では「①名刺入れ②ICテープレコーダー③ノート④筆記用具⑤取材の資料」が必要です。外出前には自分の荷物の個数を意識して点検し、①、②、③…と、⑤個まで数えて点呼。1つ足りなければ何がないのか思い出す。全て揃えば「OK!」と目と口で確認するように対策しました。
手で書きながら考え、足でアイデアの種を集める
フリーランスになった当初は、なにをしても新鮮で「これやってみない?」と声のかかるままにアクティブに行動し、そこに見たいものがあるなら、好奇心という風に任せてビュンビュンと飛んでいったものです。
しかし、50代の今は全てを網羅する体力や根気もなく、若い時ほど時間も潤沢でない。心して取り組む前に、「自分に必要なものだろうか?」「これで答えはいいのだろうか?」と何度も問いながら「慎重に選ぶ目」が肝心です。不要なものを削ぎ落として身軽になれば、挑戦してみたいことも発見できます。少なく持ち、その分、熟考を重ねてブラッシュアップ(磨く)することに専念したいと思うようになりました。
また、パソコンを前にして集中するだけがいいのでははく、〝ぼんやり〟して脳に余白をつくることも必要だと私は考えます。外の空気を吸って新緑の葉のゆらぎにぼんやり。朝や夕方のお風呂で本を読み、空気の流れる音に耳を澄ましてぼんやり。そうすることで稲妻のようにコピーの切り口やインタビュー記事の方向性をひらめくこともあります。
私は、外出中や家の中でも正方形の付箋(大)を持ち歩き、手で書いて考え方を深め、気になったことやアイデアは机の前の壁に貼って、離れた位置から可視化。グッドアイデアなのか、そうでもないのかを、ちょこちょこと常に確認する習慣にしています。
不思議なことに、就寝前や起きぬけのベッドのなかでの思いつきが、役に立つことが多いものです。そこで、枕元にはメモ用紙か、ポメラ(メモワープロ)を置き、突然のひらめきや、宿題にしていたことの答えを書き留めて忘れないようにしています。
アイデアは、自分の中の良い連鎖を生む仕掛けづくり(環境設定)をしないとうまく開いてくれません。手を使って書くことで考え、足で稼いだ情報収集がその人の思考を引き出してくれる。約30年のライター人生で辿り着いた方法論です。
得(とく)を積むことが自分をつくる
さて、成功する一番の秘訣は「自分が得(とく)をしたいと思ったら先に人を得(とく)をさせるほうが絶対に得(とく)をする」。相手のあたまに最初に浮かぶ人間になることが「開運」を引き寄せるための基本的な考え方だそうです。
「しっとく」
「やっとく」
「ほっとく」
これらの得(とく)を積むと、損得の「得(とく)」を得たり、人徳の「徳(とく)」を得たりすると、ある物流会社社長のインタビュー取材で学びました。
「しっとく」は勉強。「やっとく」は行動。知識を得たことを実践していく、プロセスです。「ほっとく」はできないことはしないということ。ムリをしないことも、熟年世代が長く走り続けていく秘訣。人の話をどうしても聞けない人は、しばらく「ほっとく」ことも妙案だとか。
「得(とく)」を積むとは、コミュニケーションと同様に、「マメ」さも含みます。マメに知り、マメに動き、人の前に立ってあらかじめ「やっとく」。小さいことから大きいことまで得(とく)を続けることが重要です。
私は大小の仕事で、人生の中でAかBか迷ったら、あたまで考えるのではなく、自分にとっても周囲にとっても自然な流れ、自然な状態、そして人も自分も「得(とく)」をする環境をもたらすものは何かを考え、その時々にあった解答をみつけるようにしています。
そうして30・40・50代と人生の坂道をのぼりながら、みえる風景に応じたワーキングスタイルを見直していき、仕事の仕方もアップデートすることが必要だと気づきました。
ここ最近、試しているスタイルは、前の晩からほんの少しでも手をつけておく「事前準備」と、忘れ物や手落ちはないかと徹底した「チェック」をはかること。一つの仕事の「前」・「後」を抜かりなく集中することこそ、自分品質を守ると信じて、出来るだけ実践しています。あとは、創造の翼を広げてのびのびと楽しんでやるのがいい。年齢を重ねても、初々しさを忘れず、あたまの柔らかな人でいたいと願っています。
「人生の第2ステージからの仕事術」の中で大切なポイント
- 忘れ物をしないように、前日と当日に(目と口頭で)ダブルチェック!
- 必要な仕事だけ厳選すれば、新しいことに挑戦するゆとりが生まれる
- 手で書いて考えを深め、アイデアは壁に貼って可視化
- 周囲に気を配り、得(とく)を積むことで開運を引き寄せる
- 事前準備は早めに、チェック機能は徹底して
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ライター・コピーライター
みつながかずみ
兵庫・西宮出身。大学卒業後、広告代理店や流通・百貨店のコピーライターとして経験を積む。2001年よりフリーランスのライターへ転身。月刊広告雑誌、企業PR誌、ルポルタージュなど仕事の幅を広げる。本で読んだ街や古い町を歩くことで「脳」に幸せ補給。